日本初の競馬は相生町付近だった?横浜から始まった競馬の歴史と意外な事実
2026年が午年であることにちなんで、今回は「馬」と深い関わりを持つ日本の競馬の歴史をご紹介します。
実は、日本で最初に競馬が行われた場所は、現在多くの人がイメージする競馬場とは異なり、横浜・相生町付近だった可能性があることをご存じでしょうか。
幕末の横浜に上陸した競馬文化をひも解くと、意外な歴史が見えてきました。
競馬発祥の地とされる横浜・根岸
日本の競馬発祥の地として知られているのが、横浜市中区・根岸です。
根岸森林公園に隣接する「競馬記念公苑」は、横浜市民にもなじみ深いスポットとなっています。
この地で最初に競馬が行われたのは、1867年1月11日(慶応2年12月6日)とされています。
現在も、森林公園西端の桜の森付近には、旧根岸競馬場の一等馬見所(観覧スタンド)が廃墟となって存在し、当時の競馬の様子を伝えています。
この建物は、1930(昭和5)年にアメリカ人建築家 J・H・モーガンによって作られました。
日本初の競馬は相生町付近で行われていた?
しかし、さらに歴史をさかのぼると、根岸競馬場が誕生する以前にも、西洋式競馬が行われていたといいます。
それが、1861(文久元)年、居留外国人によって日本で初めて西洋式競馬が行われたというもの。開催場所は「洲干(しゅうかん)弁天社裏」です。
当時の古地図を見ると、開港場の中心に横浜名所の一つであった弁天社があり、その裏手に小規模な馬場があったようです。
この場所が、現在当社の本社がある相生町や大田町の5〜6丁目付近と見られています。
日本初の正式な競馬レース開催地
翌年の1862(文久2)年、坂本龍馬が脱藩した年としても知られるこの年、神奈川奉行所は外国人居留地裏手の湿地帯を埋め立て、現在の山下町・中華街周辺に、1周約1,200mの円形馬場を設けました。
ここで、日本で初めての正式な競馬レースが行われたとされています。
しかし、同年に発生した生麦事件をきっかけに、居留外国人の横浜駐屯が進み、居留地は拡大。
その結果、この馬場跡地も居住地域となり、競馬場は移転を余儀なくされました。
そして1866(慶応2)年、幕府の造成工事により、根岸村の高台に1周1,764m・総面積6,530㎡の本格的な競馬場「根岸競馬場」が完成しました。
これが、日本最初の本格的な様式競馬場とされています。
競馬の歴史を学ぶなら
今回は、2026年の干支「午」にちなんで、競馬の歴史をご紹介しました。
ちなみに、競馬発祥の地・横浜で、馬と人が歩んできた歴史を学ぶなら、「馬の博物館」がおすすめです。
ぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。(※現在は休館中。2029年再開予定です)
▶ 馬の博物館 公式サイト
https://www.bajibunka.jrao.ne.jp/uma/
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